ある意味で難題


無頼を名乗っておられたのは別な世界線の話だが、
それはおくとしても、さほど物へこだわるお人じゃあない。
ともすれば着るものにも食べるものにも無頓着で、
昨日鶴見川に飛び込んだ外套やら洋袴やら、
乾かしただけのそのまんまで着続けることもザラだそうだし、
しょっちゅう財布を流しておられるので、
喰えればいい飲めればいいがモットーだとか嘯いておられるが、
その実、口にするものに何か混入されてはないかに集中なさるのが癖になった反動で、
味わうなんて もはや忘れていたと仰せだった。
それより何より、
元はマフィア幹部であらせられたお人ゆえ、
見識も深く、含蓄も豊かでおられるので、
食うもの着るものどころじゃあない、
嗜好品やら宝飾品やらに至るまでの一級品もようようご存知。
見せかけだけではない、中身も充実していなさるのだから、
今時のしっかりしていよう女性らがあっさり墜とされるのも道理というもので。
そんな相手への贈答品となると、一体何を用意すればいいものか。

 「……。」

物知らず奴だという恥をお手元にずっと晒すこととならぬように、
残るものではなく花や食べ物、お酒のような消え物の方がいいのだろうか。
そんなことをぼんやりと思っていたため、
昼食代わりの紙パックの緑茶を手の中に見やっているのへ不審を覚えたらしく、
どうかしたかと そちらは4つ目のホットドッグに喰いついていた人虎に問われた。

『もしかして誕生日が近い太宰さんに何を贈ろうかで悩んでない?』

  ぎく

『悩むのも迷うのも判るけど、
 他人事だと判るんだよね、何を贈っても同んなじだとかさ。』

  …ああ"?

『怒ンないでよぉ。
 悩みすぎることはないよって言いたいだけなのに。
 芥川はまだ予算で悩まなくていいからマシじゃないか。』

  ……っ#(怒)

そういう問題ではないと、ついつい裾長なカーディガンから飛び出した羅生門でざっくりと
…彼奴が座っていたベンチを唐竹割りにしてしまい。
人目は少なかったとはいえ、罰が悪くなって踵を返していた自分だったりし。
向こうも煽ってしまったと反省したものか、
そばにあったポプラの木の上へ虎の素早さで飛び退るよにして避けたまま、
何も言わずに見送ってくれたのがつい昨日の昼下がりの話。

 「……。」

彼奴が“何でも同じ”と言ったのは
馬鹿にしてのことじゃあないという意味合いだったのも落ち着けば判る。
他愛ない手作りの菓子でも、頑張って金銭そそいで手間かけて取り寄せた装飾品でも同じこと。
貴方がキミが、自分のことを考えて考えて選んでくれたものならば嬉しいよと、
相思相愛の想い人ならば頬を緩め口許綻ばせて喜んでくれよう。
手元へ置いたそれを見るたび、消え物ならば思い出すたび、
ああ、あの子はなんていじらしくも可愛らしく想ってくれているのかと、
そういう暖かい想いを相手へ届け続けるのだと。
他でもない自分が、
何を贈ればいいのかなぁと持ち掛けてきた人虎本人へ言ったことのあるフレーズじゃあないか。

 「……。」

今更、振り向いてもらえなくなることを怯えているのじゃあない。
そのように甘えたことを思うわけでもないし、固執してほしくもないのだ。

 「……芥川、
  さっきからずっとMばかり入力しとるが、そろそろキーパッドから手を離せ。」

 「……っ。」

此処は本拠の執務室で、
電算機と向かい合い報告書を製作中の身で。
ふと物思いに耽ったあまり、置きっぱなしだった指がMばかり延々と入力し続けていた模様。
見た目落ち着いて対処したが、内心あたふたしていることもこの人へは筒抜けで、
先達にも落ち着きがないことからあっさりとその底にあるものはバレていたらしく、

「あの野郎が頭がいいのも、いろいろ詳しくっていわゆる博識だってことも判っているが、
 だからって思慮深いわけじゃあなかろうよ。」

色々と省略した物言いをされたのは、
こちらが “何のお話ですか”などと言い出して思い違いだと突っぱねたなら
強くは出ぬまま引く気でおられたからかも知れぬ。
元は五大幹部に籍を置いていて、今は敵対組織の主要な顔。
そんな格好で微妙に此処マフィアにも有名なお人の話だけに、
誰ぞに聞かれて痛くもない腹を探られちゃあ面白くないだろうとの気遣いがあってだろうと偲ばれて、

 「思慮深くない、でしょうか。」

何につけ、何手も先まで考えていてフォローも完璧なお人だ。
仕事で請け負った案件への処断は勿論のこと、
あの及び腰な人虎への気遣いへも色々と発動されておいでだし、

 「名を知っているだけで、ただでは済まぬ事態を招く身でもあられます。」

なので、関わり合いを持たぬ方が後々の愁いにならぬと思われてのことでは?と、
だいぶ言葉を省略した訊き方になったがそれでも口にしてみれば、
デスクへ腰を当てる格好で凭れたまま、やはりきちんと拾ってくださり。

「そうさな、踏み込ませて巻き込んじまうのが面倒だからか
 自分に近寄らせまいとしてつれない貌でいるという解釈も出来ようが、
 それほど出来た奴じゃあない。
 結果として厄介しか連れて来ないなら最初から関わらない方がましだと、
 情愛ってのへは面倒がって寄り付かないようにしてやがる。」

昔はそれこそ判りやすくも冷たい貌で、要らなくなった相手はバッサリ切って突き放してやがったが。
今の愛想のいい顔で、
でも深くは付き合えないなぁとC調ぶってばっさりやってんのも罪深さじゃあ同じだろう。
ふんと鼻を鳴らしてそうとこぼした帽子の似合う先達様は、だが、

 「ただまあ、最近は自分の中の柔らかいところに囲い込みたいものを作ったらしいから?
  そんな相手へどう接するのかまでは、脳筋の俺にはちいとも判らねぇ。
  初めてだからこれまでみてぇなわけにもいくまいし、何より俺はあいつにそこまで関心はねぇんでな。」

 「ううう…。////////」

言葉を略しても何とはなく通じる間柄、しかもにやりと楽しげに笑って言われては、
その柔らかいところ云々、実は判っておいでなこともこちらへは通じたし、
そこまでのお節介は焼かないよと、突き放す格好での応援を贈られているのがありありしており。
面白がられているようだと、それでも暖かい見守りへただただ照れつつ、
電算機のキーの上へ俯せるしか無かったりした、
ポートマフィアの禍狗さんこと芥川くんだったらしい。




     ◇◇


  ……で。

鳶色の瞳を甘くたわめ、長い睫毛を重なり合わせてけぶらせて、
なのに視線は真っ直ぐと、腕の中へと掻い込んだ愛しいワン子ちゃんへ向けながら、

 「これでも敦クンや鏡花ちゃんへカマも掛けないで
  ただただ我慢して動かずにいたのだから誉めてほしいくらいだよ。」

何度か練習を重ね、銀にも食べてもらって味付けを確認し、
今日は午後休を取っての腕まくり、
ちょっと頑張ってみた和菜数点揃えという夕食を食べていただき。
後継者が危ういのでと生産量を抑えておられる辛口の逸品、
太宰さんが気に入りの日本酒をどうぞとお渡ししたところ。
何がどうなったものか、
そおと手を取られたところは覚えているのだが、
気が付けば立て膝と広い胸板という懐ろの檻に手際よくも囲われており。
師匠のお膝に跨るなんて不敬なことをと真っ赤になったこちらにも構わず、
どんな美姫でもたちまち墜とそう、蕩けるような笑みを至近から向けて来られ、
頼もしい大振りの手でそれはそれは大切そうに
健気な弟子であり、愛しくてしょうがない恋人の頬をくるみ込むよに撫でながら、

「それこそ月並みな言いようだけれど。
 キミがこの数日、
 私の好みって何だったろうか、押し付けにならないか、私がどうすれば喜ぶかだけを考えて、
 ずっとずっと私のことばかり思ってくれていたのだというのが何よりの贈答品だからね。」

いいお声で囁いたりしたものだから、

「〜〜〜っ。///////」



   
HAPPY BIRTHDAY! TO Osamu Dazai!





  ◇ おまけ ◇


「大体、相変わらず自分を過小評価しすぎなんですよ、あいつてば。」

他へは無茶苦茶偉そうなくせにと、虎の子くんがぼやいたのは、
中華街の一角、知る人ぞ知る絶品饅頭を出す隠れ屋台の暖簾の奥の卓席で。
たまたま…を装ってお昼を一緒しようと待ち合わせた帽子の幹部様とともに、
スタンダードな豚まんから、ピリッと辛めの豆板醤風味まんに、
ツバメの巣やふかひれを贅沢にくるみ込んだ五寶まんまで、
さあお食べと出されたの、美味しい美味しいと堪能しつつも
ちょっと聞いてくださいなと ぼやき節にてご報告中。

 「食べ物へも関心なんてないってことへの引き合いに、
  味わうなんて もはや忘れていたと仰せだった…って言ってましたが、
  過去形じゃないですか。
  今はそんなことないよ、キミの作るお料理は美味しいよって。
  そう言ってもらえてるの、どこへすっ飛ばしているんでしょうね。」

あ、これくるみ餡だ、美味しいvvと、ちゃんと堪能もしつつの文句言いへ、
ハハハと中也が苦笑を洩らす。
健啖家なだけじゃなく、美味しい美味しいと嬉しそうなのが可愛いからで。
それが微妙に“苦笑”なのは、自分の部下が迷惑かけてすまぬという感情もあるが、
そこは言わずともな話であり。
それよりも、

「太宰さんって、隠しどりとか以外にも、
 芥川が残したメモとか数日持ち歩いて取り出しちゃあやに下がってますけどね。」
「そういうとこは一緒だな。昔も実はやらかしてたよ。
 ただの任務への連絡通知とかごっそり残してやがってよ。ROMチップ山ほど保管してやがったぞ。」
「ええ? そういうところを話して…は あげないんでしょうね。」
「まぁな。かつては甘いところを見せてもタメにならんとかどうとか
 尤もらしいことを言い添えてやがったが、なんのただ単にツンデレなだけだ。」

こちらだとて、そこいらは既にお見通しというか、
なんてじれったい奴らなんだ、悩むのも惚気のつもりならいっそとっとと爆発しろと。
リア充なくせに無自覚すぎてやってられんと、ついのこととて憤懣を並べてしまっておいで。
でもねあのね、あなた方だって、似たようなじれったい煩悶をお相手へ見せてたのはお忘れかと、
横浜を渡る潮風がふふふと笑って通り過ぎた午後だった。




     〜 Fine 〜    20.06.19.


 *愛という字を海外からやってきた“love”という概念への訳語にしたのは、
  なんとあの福沢諭吉さんだったそうで。
  それまで、日之本での恋愛感情はせいぜい“いとしい”くらいの言い回し、
  一方で、仏教における“愛”というのは迷いの根源であり執着のことを差していて、
  慈悲の心とは別物、煩悩の一種とされ、のちには苦しみを生むとまで言われて忌避されていたようで。
  何でもかんでも捨ててしまえという“解脱”奨励の宗教だからしょうがないとはいえ、(…言い方)
  よくもこの字を当てたな福沢先生…。